この 日光澤温泉履歴は、祖父の根本慶誉(けいよ)が生前に筆書きしたものです。
日光澤温泉の歴史については以前にも書きました。続きをそのうちにと思いながら
しばらく触れませんでしたが、今、現在、奥鬼怒温泉に地熱発電所計画が持ち上がり、
心の拠り所を求めて、日光澤温泉の歴史を改めて振り返ってみようと思いました。
これから書いていく歴史上の事柄は、多少の間違いはあるかもしれませんが「事実」という
ことを申し上げておきます。
曽祖父の根本辰之介が昭和6年に日光澤温泉を創業しましたが、温泉そのものは嘉永5年に
宇都宮の豪商、菊地淡雅(大橋淡雅)が開発したようです。祖父の書いたこの文献には
菊地幸衛という人物が難病になったが湯治で全快した、とあります。
よく分かりませんが、菊地幸衛は淡雅の親なのでしょうか?
明治35年の大暴風雨の際に家屋、温泉に被害があったようです。
これらの貴重な資料は、多くの関係者の皆様から提供して頂いた物です。
栃木県の歴史の第一人者の故・大町雅美さん、日本山岳協会参与の小島守夫さん、
日光自然博物館勤務の鈴木文益さん、栃木県立博物館元学芸員の柏村祐司さん、他の皆様。
そして、3年程前には菊地淡雅のご子孫の方にもお泊り頂きました。
長年に亘って我が家にご尽力頂きました皆様に、心から御礼申し上げます。
お客様をはじめ多くの皆様のお陰で私達は今、根本家の四代目として十数年前から
これまでの間、宿を営業してくることができました。
このような長い歴史のある温泉を残していきたいと思うのは普通の事だと思いますし、
わざわざうちに来て頂けるお客様がいらっしゃる間は、できるだけ頑張っていきたいと
思っています。